映画

逃げ場のない『TATAMI』と、止まれない『ひゃくえむ。』。53歳の休職中の私が見たものとは・・・?

投稿日:2025年12月13日 更新日:

映画『TATAMI』と『ひゃくえむ。』を象徴する、畳の上の柔道着と陸上スパイク

1. 導入:土間シネマの暗闇で

久しぶりにブログを書こうと思う。

今日、12月の平日。大阪の「土間シネマ」という小さな映画館で靴を脱いだ。 知り合いの家のような、わずか10席のシアターカフェ。

自宅からバスを乗り継いで30分という距離感も心地よい。

今日観たのは『TATAMI』。

柔道場の畳の上で、国家という名の暴力に追い詰められていくイランの女性選手の物語だ。

日本人にとって柔道は馴染み深いが、中東の歴史や情勢となると、ほんのさわりしか知らない。その「柔道」と「中東」という二つのキーワードに惹かれ、どんな物語なのだろうと足を運んだだけだった。

だが映画が終わった後、これは「たまたま観に来た」というより、「観る運命だった」と言ったほうがいいような、不思議な感覚に襲われた。

スクリーンの中の出来事が、私にとっては決して他人事ではなかったからだ。

今年観たアニメ『ひゃくえむ。』と、この『TATAMI』。

復職を控えた今の私にとって、この2本はただの映画ではなかった。

2. 『TATAMI』が描いた「身体の拒絶」

映画TATAMIの女性柔道選手の苦悩

映画は全編モノクロームで描かれている。それが、逃げ場のない柔道場(タタミ)の閉塞感を、痛いほど際立たせていた。

ストーリーが進むにつれ、主人公レイラへの圧力は強まる。

国からの電話。「次の試合で負けろ」という理不尽な命令。

従わなければ家族が危ない。 彼女はトイレに駆け込み、鏡に向かって何度も頭を打ち付ける。試合前にはプレッシャーで嘔吐し、試合中には意識が遠のき、ふらつく。多くの観客はこれを「独裁国家の恐ろしさ」として観るだろう。

しかし、私は違った。

スクリーンの中の彼女の姿が、適応障害で身体が拒否反応を起こし、思い通りに動かなくなっていたあの頃の自分と、完全に重なってしまったからだ。

もちろん、私は日本の一介の会社員だ。イランの選手のように、秘密警察に銃を突きつけられているわけではない。しかし、脳と身体が感じるストレスの質に、変わりはないのかもしれない。

あの頃の私もそうだった。 「仕事に行かなければならない」「責任を果たさなければならない」。頭ではそう考えているのに、身体は正直に拒絶反応を示していた。 通勤途中、激しい動悸を感じ、どうしようもないイライラを抱えて出勤する。

現場に立っているだけで、世界が膜に覆われたように遠のいていく感覚。

そして、額の上から大きな鉛の塊を置かれて、ぐっと押さえつけられているような重圧感。

映画の中のレイラが鏡に頭をぶつけたのは、自傷行為というよりも、「壊れそうな自分を、痛みで無理やり繋ぎ止めるための儀式」に見えた。

私もあの時、暴れそうな心拍数を抑え込むために、右の拳を握りしめ、自分の左胸を何度も殴っていたからだ。 あの暗闇の中で、私の身体もまた、レイラと同じように悲鳴を上げていたのだと気づかされた。

3. 『ひゃくえむ。』が描いた降りられない呪い

映画ひゃくえむ。のコミヤ、トガシ

『TATAMI』が「外から押しつぶされる恐怖」だとしたら、私にはもう一つ、自分をその場所に縛り付けていた理由があった。

それは「内側から湧き上がる呪い」だ。 その正体を教えてくれたのが、今年観たもう一本の映画、アニメ『ひゃくえむ。』だった。

主人公のトガシたちは、たった100メートルという直線を走ることに、人生の全てを捧げている。 誰に強制されたわけでもない。足を壊しても、心を病んでも、彼らは走ることをやめない。なぜなら、走るのをやめたら「自分」でなくなってしまうと思い込んでいるからだ。

その姿は、休職前の私そのものだった。 身体の心拍数上昇を実感出来ていたし、同僚とのやり取りで感情の起伏の大きさを日々感じていて、あれほど悲鳴を上げていたのに、なぜ私はすぐに「休む」という選択ができなかったのか。

それは、私が53歳という年齢と、転職4回目で、ようやく家族を並み以上の生活が出来て、会社に感謝させてもらえる職場に出会えた。

そのため、「これくらいで弱音を吐いてはいけない」「自分が抜けたら迷惑がかかる」。 そんな責任感や、ある種のプライドが、私をがんじがらめにしていた。自身の業務上の問題は何とかして自分対策を考え実行すべきだ!と考えていた。

しかし、対策を考え、会社へ相談するも、なかなか理解を得られない。

私のプライドが私を苦しめ『理解してもらえないのは、説明が足りないのか?もっと理解してもらえる言い方はないのか?』答えの出ない迷路を彷徨っていた。

会社という「逃げ場のない畳」の上で、私はトガシのように「真面目さ、クソが付くほどのクソ真面目」という呪いにかかり、ゴールテープのないレースを全力疾走し続けていたのだと思う。

外からの圧力と、内からの強迫観念。この二つが重なったとき、人は壊れるのだと、二つの映画は残酷なほど鮮やかに教えてくれた

4.私は英雄ではないけれど

正直に言えば、ブログにこんなことを書くのを少し躊躇った。

国を背負って戦う金メダリストや、人生を懸けたアスリートたちと、大阪の工場で働く一介の会社員である自分を重ね合わせるなんて。

人が聞けば、 『おまえ! 誰と比べてんだ? 全然スケールが違うじゃあねーか! バカか?』 なんて笑われるかもしれない。おこがましいにも程がある、と。

でも、ふと気づいたことがある。 映画の中でレイラがあれほど苦しんだ最大の理由は、自分のメダルではなく「国に残した家族の安全」が人質に取られていたからだ。

実際、国家からの最初の圧力には、レイラは屈していなかった。 説得に来た女性監督と押し問答になり、チームメイトから孤立してもなお、彼女は「勝つこと」にこだわっていた。

しかし、自分の親が国家の人質になったと知らされてから、彼女の心は折れ、迷いが生じた。 彼女は自分のプライドか・・・家族を守るか・・・に、ギリギリまで葛藤し、試合で戦いながら選ぼうとしたのだ。

その構造は、あの時の私の心境に共感したんだダブらせた。

私が転職4回目にしてようやく手に入れた「家族の安定した生活」。 それを守りたい一心で、私は身体からのSOSを無視し、理不尽な状況にも耐え続けようとした。

銃を突きつけられるのと、生活の不安を突きつけられるのとは違うかもしれない。 しかし、「大切な家族を守るために、自分が壊れても我慢する」という選択をした時、心にかかる負荷の重さは変わらないはずだ。

暴れそうになる左胸を右の拳で必死に叩き、自分を繋ぎ止めていたあの時間。 あれこそが、私にとっての『TATAMI(逃げ場のない戦場)』だったのだから。

5.復職というスタートライン

映画の結末で、レイラはある決断を下した。 そして『ひゃくえむ。』のトガシたちもまた、100メートルという呪縛から解き放たれ、それぞれの人生を見つけ出した。

共通しているのは、「自分を殺してまで、守るべき場所なんてない」ということだ。

私は来年の初め、職場に復帰する予定だ。

レイラのように「亡命(退職)」するわけではない。またあの工場に戻り、またあの業務に向き合うことになる。

「結局、元の場所に戻るだけじゃないか」と思われるかもしれない。

だが、私は以前の私とは考え方、見る方向を変えたのだ。

かつての私は、「家族を守るためには、自分が壊れても戦い続けなければならない」と信じ込んでいた。

今の妻と結婚できた時、「自分のような人間と寄り添ってくれる人がいる」という事実に震えるほど感謝した。

だからこそ、それを守るために、私は「真面目さ」という唯一の武器が折れるまで、全力で戦い続けてしまったのだ。

適応障害になる直前まで、私は決して後ろ向きだったわけではない。

むしろ前向きに、必死に問題を解決しようとしていた。 だが、私の気力よりも先に、身体が悲鳴を上げてしまった。

そんな、心も体も動かなくなっていた私に、もう一度「光」を灯してくれたのは、今年30年ぶりに再会した、かつての会社の同期である女性だ。

彼女は、私たちが20歳の頃、「将来は自分の小料理屋を持ちたい」と語っていた。

あれから33年。彼女にも様々な荒波を越えて再会した僕らは、真っ直ぐな目で私にこう言った。 「私の夢は、やっぱり小料理屋を持つことやねん」

私は言葉を失った。

かつて映画や絵の仕事に就きたいという夢を持っていた私は、とっくの昔に「無理だ」と諦めていたからだ。

30年以上も夢に拘り、輝き続けている彼女の姿は、私に強烈な問いを突きつけた。

さらに彼女は、休職中で「もう社会に戻れないかもしれない」という不安に押しつぶされそうだった私に、彼女が切り盛りする店の「黒板アート」や「Instagramの運営」を任せてくれた。

黒板アートの「絵が、かわいい。」 その言葉と、久しぶりに「何かを作り出す」時間が、私の中から不安を消し去ってくれた。

私は気づいた。

人が生きるために必要なのは、ただ「守る」ことだけではない。

「夢」や「遊び心」といった、自分を輝かせるエネルギーも必要なのだと。

来年から立つ場所は、以前と同じ職場かもしれない。

しかし、そこはもう、命を削って戦う『TATAMI』ではない。

私は「家族」と、同時に自分の中の「夢(クリエイティブ)」を磨いてて生きていく。

もしまた、理不尽な圧力に押しつぶされそうになったら、今度は躊躇なく「タップ(参った)」をして、畳から降りようと思う。

逃げることは、負けではない。

自分自身を守り、夢を持ち続けることこそが、結果として家族を守ることに繋がるのだから。

映画館を出ると、12月の大阪の風は冷たかったが、不思議と息はしやすかった。 私の次が、ここから始まる。

-映画

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  1. くらげママ より:

    人生の中で何人と出会えるでしょうか?
    出逢えた人は奇跡?運命?
    誰と出会うかで人生は変わりますが、嫌な人も良い人も、苦しいかった事も楽しかった事も、全部ひっくるめて自分の為になっていると思うようにしています。そう信じたいのかも知れないです。50歳からは、残りの人生を楽しく過ごせるうに準備の途中です。未来がどうなるのかは分かりませんが前に進みましょう。
    私が思う事、、、
    やって来た事、、、
    1年365日あるんだから、1日1個やれば365個出来るんだと思って過ごしています。
    何もしないなら何も変わりません、1歩踏み出せば未来は変わります。
    第二の人生、輝かせましょう♪

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トイサブ

Zaif

大阪市在住。50歳代のメーカー勤務。 妻と成人した息子・娘の4人家族。 長年「真面目」だけを武器に働いてきましたが、50代で少し立ち止まり、現在は「人生の第2章」を面白がるためにリハビリ中。最近はAI画像生成(浮世絵風)や映画鑑賞、黒板アートなど、クリエイティブな沼にどっぷりハマっています。